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花束  <第二章>壊れそうな笑顔

 

 


          花束
          
         第二章

        壊れそうな笑顔 



僕は、花束を抱えた君の姿が脳裏から消えぬまま<GRAN AVENUE BAR>と書かれた、重厚な木のドアを引き開けた。
すると、圧縮された生暖かな空気が顔をかすめ、DR・ジョンのハスキーでエキゾチックな声がピアノの旋律にシャウトしていた。
薄暗い店内は、緩い曲線を描いたカウンターをダウン・ライトが浮き上がらせ、タバコの煙が揺らぐ前には、二人の女性がイケメン・バーテンダーにかぶりついていた。
女性の甲高い笑い声が耳を突き刺したが、僕はその女性達の横顔を垣間見ながら奥のラウンジへ向かった。
ラウンジは、六つほどのテーブル席をキャンドルが映し出し、そのほとんどは客で埋まっていたが、奥の壁際のテーブルで手を振るソーリ(吉田繁)が見えた。
僕はいちゃつくカップルのテーブルの間をすり抜け、ソーリ達のテーブルにたどり着いた。
「お〜!やっと来たな!」
僕はソーリとハイタッチをし,背中を見せていたカメ(河村陽一)とコミ(小宮山満)の肩を両手で抱えた。
「お〜!」
カメはくちゃくちゃな笑顔で振り向いたが、コミはいたって冷静な顔をしていた。
「おまたせ〜!しかし相変わらず色気なしか〜」
他のテーブルには女性連れが目立ち、男三人で飲んでいるのはこのテーブルだけだった。
その上これから僕が加わる事で、むさ苦しさは増すことになる。
「何言ってんの、男だけで飲もうっていったのは、あんたでしょ!」
カメが大きな声を出した。
「だね〜」
僕は、すでに泥酔状態にちかいカメの肩に腕を回し抱き寄せた。
そして僕はみんなの顔を窺いながら、花束を抱えた君の事が喉元まで出かかったのだが。
「うっ、うううっ・・・」
突然カメが口を押さえながらトイレへ走った。
「カメ!なんだあいつ、そんなに飲んでるの?」
僕はコミとソーリの顔を見た。
「そんなでもないけどな〜」
ソーリがトイレの方を見ながら答えた。
カメはもともと酒は強くないが、時折自虐的に飲むことがある。
そんなカメだが、スタジオ・ミュージシャンとしてのベースの腕は一級品で、一流ミュージシャンのツアーなどに呼ばれるほどだった。
「そういえばどう?曲は決まったか?」
映像作家のコミが、真顔で進行状態を聞いてきた。
あまり飲んでいないようだった。
コミには、僕が手がけている新人歌手のプロモーション・ビデオの制作をしてもらうことになっていた。
「もう少し煮詰めないと駄目かな〜」
「そう・・」
「何だよ!仕事の話はよそうよ」
ソーリがどんよりした眼で割って入ってきた。
「あ〜ごめんごめん。もうしないから」
僕は三人に早く追いつこうとビールを飲みほすと、ウオッカ・トニックを頼んだ。
しかし既に三時間は経っている為、三人に追いつくのは至難の業だと思った。
現にカメは既に沈没状態であり、家庭思いのソーリが帰るのも時間の問題だった。
結婚しているのはソーリだけではなく、コミも既婚者だが、ソーリは愛妻家であり、4歳になる一人娘を姫と呼び、携帯の待ちうけにしているほど溺愛している。
しかしコミは結婚して3年は経つが、子供はまだできないようだ。
できないのか作らないのかは分からないが、コミは結婚当初から徹夜で仕事をすることが多く、あまり家には帰らないらしい。
確かにPCの映像作家にはありがちではあるが、コミの嫁ものんびりしたもので、そのことに関しては納得しているようだ。
といっても、どこまで納得しているのかは分からないが、二人がそれでいいのなら他人がとやかく言うことではないと、僕もそ知らぬ顔を決め込んでいるのだが、最近のコミは何かふさぎ気味で、気にはなっている。
「俺、そろそろ引き上げるよ」
天然パーマの髪に、細めのフレーム・メガネがよく似合うソーリが、僕の肩に手を掛けた。
「そうなの・・・悪かったね今日は」
僕は名残惜しそうには言ったが引き留めはしなかった。
ソーリは漫画雑誌の入稿が近く忙しいはずだったからだ。
「うん、また連絡してよ。じゃ〜な・コミ・・そうだ、カメちゃんにもよろしく」
ソーリは優しい笑顔でそういい残し帰って行ったが、テーブルの上に5千円札を置いていった。
もともとソーリはコミの友達で、僕とカメに紹介してくれたのだったが、この四人の中ではソーリが一番誠実でまともかも知れない。
暫くしてカメがヨレヨレと席に戻って来たが、僕は限界だと思いそのまま愚図るカメを外へ連れ出した。
「なんだよ〜帰らないよ〜」
「はいはい、いいから・・・」
運よく店の前でタクシーを拾うことができ、強引に乗せようとしたが、カメは道行く人が怪訝そうに見つめほど僕に抱きつき、キスをしろと迫ってきた。
カメの後ろで束ねた長い髪が僕の手に絡みつき、少しメタボ気味の体を支えるのは一苦労だった。
そう、カメのもう一つの悪い癖は、酔うと僕にキスを迫ることだ。
だからといってカメがゲイかといえば、それはノウだ。
現在彼女はいないが、類まれなる女好きで風俗店の常連でもある。
そんなカメをタクシーに押し込めるのに少し手間取ったが、店に戻るとカウンター席の数人を残し、ラウンジの客は引けていたが、一人キャンドルの灯りに浮かび上がるコミが、心なしか寂しそうに見えた。
僕が席に戻ると「カメちゃん大丈夫だったか?」とコミは作り笑いをした。
僕はそんなコミがやはり気にはなったが、そのことには触れる事ができなかった。
その後僕らは、いま係わっている新人歌手の話になってしまったが、コミはすでに酒は飲まず、僕は深夜だというのにストレスが溜まる飲み方になってしまった。
そして時計が3時を回り、コミは僕の引き留めにも首を縦には振らず外に出た。
「コミ、今日は家に帰るんだろ?」
僕は、今夜こそコミには家に帰って欲しかった。
しかしコミは、まだ遣り残したことがあるからと、やはり家には帰らず代々木の事務所へ向かってしまった。
確かに映像作家には昼も夜もないが。
僕はタクシーのテール・ランプを見送りながら、やはりコミの悩みを聞いてあげればよかったと反省したものの、いつも面倒なことから逃げ腰しの自分が歯がゆく、後ろめたさだけが残った。
僕は人との係わりに、一歩踏み込む勇気が無いのか、ただたんに一線を引いているだけなのか、自分でもよく分からなくなる。
コミと別れた僕は、飲み足りなさを感じながらも、酔っているのかいないのか判断ができなかった。
しかし、夜風がことのほか気持ちよく感じるところを見ると、火照った体には十分酒が詰まっているようではあった。
僕はタクシーに乗り込み、自宅のある中目黒を告げると、携帯を取り出しメールの確認をした。
<先に寝るね!あまりのみ過ぎないようにね。お・や・す・み>
同棲中の山下有香からだ。
有香は28歳で、仕事はフード・コーディネイターをしている。
本来なら外食産業などの企画や、店の営業指導などを手がけるのだが、今は売れっ子料理家の鍋島みどりの一番弟子として働いている。
僕はタクシーのリア・ウインドを開け、夜風を浴びながらまた君の姿を思い出していた。
大きな花束に隠れるほどの華奢な体。
抜けるような白い肌に、栗色の髪。
そして、君のどこかもの悲しく壊れそうな笑顔。


                     この続きはまた・・・

 

| Walkin' | 15:39 | comments(0) | - |
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