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花束 <最終章> 生きていた証

 

 

 

 


                  花束
 
              <最終章>
                
              生きていた証


「あ・り・が・と・う・け・ん・ご」と言っていた君の口の動きが、何度も脳裏をフラッシュ・バックし、君が僕に呼びかけた事も、なぜけ・ん・ごと僕の名前を知っていたのかも理解ができず、混沌としたまま浅い眠りで朝を迎えた。
そして出社するなり、イルファのPVの制作会社へ連絡を入れ、担当のアート・ディレクターを呼び出した。
「イルファのPVに写っているヘアーメイクの子はどこの人ですか?」
僕はPVに写っているのが本物のヘアーメイク・アーティストなのかタレントなのか分からず問いただした。
するとその子は、カメラマン指名のプロのヘアーメイク・アーティストで、ヘアーメイク・アーティストやスタイリストが所属するリップ・ラインという赤坂の会社からの派遣である事が分かった。
そしてリップ・ラインの所在を確認した僕は、間違いなく君だと確信した。
それは、リップ・ラインの住所が赤坂とはいえ六本木ミッド・タウンに程近かったからだ。
しかしカメラマンとは連絡が取れず、その子の名前までは聞き出せなかった。
僕はその夜、逸る気持ちを押さえ仕事を終えると、赤坂へ向かった。
リップ・ラインは、ミッド・タウン脇から赤坂へ下る坂の途中にあり、エレベーターの無い四階建てのビルの二階だった。
僕は階段を一歩一歩踏みしめるように上がると、大きく息を吐きベルを鳴らした。
「はい!」中から若い女性の声が聞こえた。
ゆっくりと開いたドアの向こうには、君とは正反対に健康そうに日焼けをした、褐色の肌の子が怪訝そうに顔を覗かせた。
「どちら様ですか?」
「あ!どうも私はアルファ・レコードのものですが」
僕は名詞を差し出した。
「はい・・」
その子は名詞と僕を見比べたが、怪訝そうな顔が見る見る笑顔になった。
「あのう〜こちらにさつきさんという、ヘアーメイクの方がいらっしゃると思うのですが?」
僕は単刀直入に聞いた。
「さつき・・・梶さん!うちにさつきっていう子いました?」
その子は首をかしげながら部屋の中を振り返り大きな声を出した。
「さつき・・そんな子いないけど!」
部屋の中から、落ち着きの感じる女の声が返ってきた。
「だそうですけど・・」
僕は一瞬で落胆したが食い下がった。
「あのう色白の・・いや、イルファのPVでヘアーメイクを担当した人なんですが?」
「イルファ?・・梶さん!イルファさんやったの梶さんですよね!」
褐色の肌の子は、また振り返りながら叫んだ。
「そうだけど・・ねえ入っていただいて」
「はい・・どうぞ」
褐色の肌の子は、やっと僕を招き入れた。
部屋に入ると、すぐに白いソファーとガラスのテーブルがあり、奥には中央に花瓶が置かれた大きなテーブルとデスクが一つある、広いワンルームだったが、女性ばかりの会社らしい清潔感のある空間になっていた。
「どうぞ」
奥のテーブルには他にも若い女性が一人座っていたが、デスクから薄化粧で肌つやのいい30代の女性が立ち上がり僕に声を掛けた。
「すいません、突然」
僕は仕事の依頼で来たわけでもなく、何から切り出そうかと頭の中は混乱していた。
「どうぞ・・」
僕はもう一度ソファーを勧められたが、立ったままでいた。
「私、梶といいますが、イルファさんのPVで何か問題が?・・笠井さん・・」
彼女は僕に名詞を差し出し、褐色の肌の女の子から僕の名詞を受け取ると名前を確認していた。
彼女の名詞には、リップ・ライン代表取締役ヘアーメイク・アーティスト、梶沙織と書かれてあった。
「じゃ〜梶さん、お先です!」
「あ〜お疲れさま!明日よろしくね!」
「はい、失礼します」
褐色の肌の子と、奥のテーブルに座っていた子が僕にお辞儀をして帰っていった。
「まあ座りませんか?」
「はい」
僕は一呼吸置き話し始めた。
「実は問題というか・・僕はプロデューサーの佐伯さんからイルファのビデオを見るように言われ確認していたのですが、冒頭に写っていたヘアーメイクの方のことでお聞きしたいことがありまして・・」
「はい、私に何か?」
「は?いえ、あのう・・あれはさつきさんという方ではないんですか?」
「いいえ、あれは私ですけど・・それに先ほども言いましたけど、うちにはさつきという子は所属していませんが・・」
彼女は益々怪訝な顔になり「あのう〜イルファさんの撮影に行ったのは私ですし、問題があるなら佐伯さんに連絡しましょうか?」
彼女は僕に警戒心を持ったようで、携帯を握り締めた。
それでも僕は納得が行かず食い下がった。
「いえ、僕が見たビデオに映っていたのはあなたではないんです」
「え〜そんなことおっしゃられても!」
彼女は呆れたように、長い髪を手でかき上げながらソファーへ深々と座り直した。
その時だった、僕は彼女の髪をかき上げた手の先に眼が釘付けになった。
それは、彼女の後ろの棚に置かれたフォト・スタンドに君の写真が入っていたからだ。
「あっほら!あの人!あの人ですよ」
彼女は驚いたように振り返り、棚のフォト・スタンド見上げながら暫く動かなかった。
「その人ですよビデオに写っていたのは!」
僕が念を押すように彼女に伝えた。
すると彼女はゆっくり立ち上がり、フォト・スタンドを手に取り振り返った。
「沢木藍子・・この子は交通事故で二ヶ月前に亡くなっています・・だから・・」
「えっ何をいってるんですか・・・」
僕は、彼女のあまりにも唐突で馬鹿げた話に唖然とした。
彼女はフォト・スタンドをテーブルに置きながらソファーに座り直した。
「本当にこの子だったんですか?映っていたのは・・私ではなく藍子が・・」
彼女の眼は、今にも涙が溢れ出しそうに光りだした。
「実はイルファさんの撮影には私ではなく藍子が行くことになっていたんです・・事故はその前の日に・・六本木でトラックに巻き込まれて・・」
僕の頭の中は(そんな馬鹿な・そんな馬鹿な・・・)を繰り返すだけで、思考が停止してしまいそうだったが、彼女の言った事が事実ならば、僕が君に会ったのはいったい何なのか、ひょっとして君には双子がいるのかも知れないなどと、かぎりある可能性が過った。
そして「その事故というのはいつのことですか?」僕が声を掛けた夜を確認した。
「撮影の前日だから・・・5月の13日です」
「13日・・」
僕はごくりと生唾を飲み込んだ。
君に声を掛けたのは次の日の14日だったからだ。
「実はビデオだけの問題ではないんです・・僕はさつき、いや、その藍子さんに会っているんです。14日の夜ミッド・タウンの前で・・それから次の日は駒沢公園で・・藍子さんは自転車に乗ってました」
「自転車・・その自転車は赤い色ですか?」
梶沙織の眼が見開いたようだった。
「はい赤い自転車です」
「それ藍子が買ったばかりで、自慢げにここにも乗って来ました・・今度は駒沢公園まで行くんだって、嬉しそうに話してた」
彼女は携帯を開き、君が赤い自転車の前に立っている写真を見せた。
それは紛れもなく、君とブリジストンの赤い自転車だった。
「これはいったい・・・」
僕は携帯の写真を見ながら、君に会ったことは幻覚だったのかと、確信が揺らぎ始めた。
「そのPV見せてもらえませんか?」
「そうですね!それがいい、今取ってきます!」
僕は彼女の言葉に、我に返ったようにリップ・ラインを飛び出したが、考えれば考えるほど得体の知れない霧が体中を取り巻いていった。
そして息を切らし会社に戻ると、デスクの上に佐伯さんからのメッセージとイルファの新しいPVが置いてあった。
そのメッセージには・・すまん!イルファのPV、からテープを渡した・・だった。
僕は胸騒ぎを感じながらそのテープを回した。
するとイントロは同じだったが、驚いたことに鏡越しにイルファの後ろに写っていたのは、リップ・ラインの梶沙織だった。
僕は慌ててデスクの中にしまっておいた昨夜のPVを回した。
しかし、そのテープからは砂嵐のような画面と、ザワザワとしたノイズだけが延々と流れるだけだった。
それはまるで、この世の果てでもあるかのような空虚で切ないものだったが、この時初めて背筋が凍るような悪寒が体中に走った。
そしてやっと、君がこの世には存在していない事実を理解できたような気がした。

後日佐伯さんさんから、イルファの撮影当日の話を聞いた。
すると、あの日は機材の故障でもないのにノイズが走り、何も写らない状態が数分続いたということだった。僕が最初に見たテープはその時のものだった。
結局これで君が写っていた証拠はなく、僕が君に出会ったことさえ誰にも信じてもらえなくなった。
あの夜、ソーリやカメやコミに話していたとしても、ただの作り話で終わっただろう。
いや一人だけ・・梶沙織だけは僕が君に会ったことを信じてくれているかも知れない。

沢木藍子きっと君はイルファの撮影を心待ちにしていたのだろう。
そして、買ったばかりの赤い自転車で駒沢公園を走ることも楽しみしていたのだろう。
君は短かかった人生を、誰かに見届けてほしかったのだろう。
君が生きていた証を。
君がさ・つ・きと言ったのは、君に声を掛けるように、五月の風が僕に悪戯をしたからだ。
そんな僕に、君は最後の想いを託したのだろう。

草木の蒸れた匂いと、立ち上る湿気に打ち沈んだ梅雨空も流れ去り、強い日差しに目黒川の川面がギラギラと輝き始めた。
今ではすべてが夢心地のように想える。
僕は君に、いや沢木藍子さん。
今では僕も君に感謝をしています。
僕は君に出会った事で、生きることの尊さや、人生に立ち向かうことの重大さを、改めて見詰め直すことができたからです。
朝冷蔵庫を開ける癖も、母親を早くに亡くした事が原因だと分かっています。
母が生きていた頃には、冷蔵庫の中は幸せが詰まっていたからです。
だから生きて来た証も、これから記す証も、眼をそらさぬように受け入れて行くつもりです。
大切な人を失わないように・・・
今夜、大きな花束を二つ買うつもりです。
一つは六本木の交差点へ。
そして、もう一つは有香へ渡すつもりです。
プロポーズをする為に。
 

               FIN               上岡ヒデアキ






          




 

 

 

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