Entry: main  << >>
由比ヶ浜からの風 <第五章> 夜風が秋はこぶ隅田川

        
                    


               由比ヶ浜からの風

                <第五章> 

                                         夜風が秋はこぶ隅田川


海が見たくてバイクのヤマハSR400に跨り、三浦半島の佐島マリーナ入り口にある佐島公園にやって来た。
ここはバイクを飛ばして来る僕の憩いの場所だ。
この日も、公園内の海に突き出た岩場の小さな芝生で、数時間海水パンツ姿で大の字になり、大海原からの風と紫外線をいっぱい浴び汗ばん体は、公園の手洗いでタオルを濡らして拭き、周りの視線を気にしながら海水パンツを脱ぎ捨てると、腰のポシェットに入れておいた新しい下着に履き替え帰り支度を整えた。
それでも真夏の昼下がり、またジーンズに足を通すのには嫌悪感が先立ったが、こればかりはバイク乗りの宿命ともいうべきもので仕方がない。
それでも上に着て来たアロハ風のシャツは腰に巻き、Tシャツだけになった。
公園内の砂浜には、小さな子供を二人連れた家族が一組増えていた。
赤いリボンと青いリボンの付いた大きな麦わら帽子をかぶった二人の子供の戯れる姿が、僕の遠い記憶を揺さぶり、逆光の中に長野の穂高川のせせらぎや、川面をつつく糸トンボの姿が浮かび上がり、哀愁をかきたてられた。
それにしても、最近たびたび安曇野の景色が脳裏をかすめる。
僕の作品に対する創造性や創作力を絶やさないためにも、都会を離れるいい機会なのかも知れないと・・・そんなことを考えながら佐島公園を後にし、木陰で佇む愛車のSRに息を吹き込んだ。
ズドドドッド゙ッ!僕は「オシ!」と気合を入れて跨ると、佐島公園を後にし海岸線の134号線への坂を一気に上がった。
しかしこの時はまだ、環が来ているだろう鎌倉の由比ヶ浜へは行くまいと思っていた。
134号線に出て左に曲がるとすぐに来たときの立石の信号だ。
そのまま帰るなら右にハンドルを切り、海岸線を後にすればいいのだが、僕のハンドルを握った手は動かなかった。
そのまま左手に広がる相模湾を垣間見ながら、ゆっくりと海岸沿いを北上した。
どうせ由比ヶ浜に行ったとしても、あの広い砂浜の雑踏の中で環を見つけることなど所詮ありえないし、もう少し海岸線をドライブしたかっただけだと自分に言い聞かせながら、長者ヶ崎を通り海岸線からは少し離れ葉山から逗子へと走った。
車は次第に増え、道路は大渋滞になったが、そこはバイクの特権、狭い路肩をすり抜け逗子を抜けると由比ヶ浜からの風を感じはじめた。
しかし、たとえあの広い海岸の雑踏の中で環を見つけたとしても、彼氏と一緒の姿を垣間見ていったいなんの意味があるのか、彼の顔見たいわけでもなく、ましてや彼に対して勝ち誇りたいわけでもないのに。
そんなモヤモヤと心が揺らいでいても、バイクを止めることなく鎌倉の海岸に出た。
材木座から由比ヶ浜まで長く広い鎌倉の砂浜は、海の家の旗やパラソルが海風にたなびく中、群集で埋め尽くされていた。
そして遠く水平線には、太陽をいっぱいに浴びた多くの白い帆が疾走し、真夏のパノラマを演出していた。
僕はバイクのギヤをローにし、右手でアクセルをコントロールしながら時折砂浜に眼を向けゆっくりと走り続けた。
材木座海岸を抜け、由比ヶ浜海岸に入ると視神経は過敏に研ぎ澄まされ、万が一の期待に胸の鼓動が高鳴りだしていた。
そして由比ヶ浜を半分ほど通り過ぎた時だった。
若者がが密集している砂浜の中央で、男達に囲まれた環らしき体形をした水着姿の女性が視界に入った。
僕は息を呑みブレーキ踏んだ。
そして、後姿になっていたその女性にくぎずけになったが、中々振り向いてはくれず、僕は10メートルほど先の広くなった歩道にバイクを止め、ヘルメットを脱ぎ砂浜を振り返った。
その時その女性が振り向いた。
なんと環に間違いなかった。
こんな広い海岸の雑踏の中で、それも走行中のバイクから環を発見できるなど、これは神のなせる業だと環との運命を感じるほどだった。
僕は胸の高鳴りを抑えながら、ゆっくり歩道と砂浜の境界へ歩み寄ったが、環は20メートルほど先で行き交う人の波に見え隠れしていた。
水着姿の環は、まるでビーナスの彫像ように光輝き、僕の視界の中では、次第に周りの景色がおぼろげになり、環の姿だけが鮮明に浮き上がっていた。
そして、環に対する愛おしさがふつふつと沸きあがり「僕の方を振り向け!振り向け!」と叫びながら暫く佇んだが、その願いは届かずその場を離れようとしたその時だった、僕の願いを感じたように環が僕の方を振り向いた。
僕の視線に気がついた環は、一瞬豆鉄砲を食らった鳩のようにキョトンとしていたが、すぐに我に返り大きく右手を振りながら僕の方に駆け寄って来た。
「速水さん!来たんだ!」
少し日に焼けた環の笑顔が嬉しかった。
「ああ・・・」
僕は照れ笑いを浮かべた。
「よく分かったね!ほんと・・嬉しい」
環は顔をくしゃくしゃにして、僕に抱きつかんばかりに喜んだ。
しかしその時、後ろから近づいた男が、いきなり環の首を後ろから羽交い絞めするかのように抱きついた。
「やだ〜なにするの!」
環は眉間に皺を寄せ男の腕を振りほどこうとしたが、男はにやけた顔で環を離さず「どうも!バイクっすか?」と、僕が持っていたヘルメットを見ながら話しかけてきた。
「そう、偶然環ちゃんを見かけてね・・・」
「コウちゃん、は・な・し・て!」
環は男の腕を解き、彼を突き放した。
「もう〜コウちゃん、こちらは、ほら!お世話になっている貴恵さんのお友達で速水さん。速水さん久木田君です・・」と同棲相手と思われる男を僕に紹介したが、笑顔がどこかぎこちなかった。
環は佐々木氏の妻貴恵に久木田を紹介したことがあるようだ。
「どうも久木田っす」
久木田は少し茶髪だが、日焼けした端正な顔立ちで、優しく親しみを感じる笑顔を振りまいていた。
「あ〜どうも、じゃ〜僕は・・・」
僕はその場にいたたまれず、ヘルメットをバイクの方へ掲げながら逃げるようにその場を後にした。
「速水さん!きおつけてね!」
後ろから聞こえた環の声に、軽く手を振りながら振り向いたが、その時の久木田の視線が痛かった。
僕は二度と振り返らずバイクに跨ると、本来なら二人がいる逗子方面にUターンしたいところだったが、二人の視界から早く消えたく七里ガ浜に向けて走らせた。
稲村ケ崎を抜け、サファーでごった返す七里ガ浜海岸を走りながら、久木田がもっと外見から嫌な男だったら良かったのになどと、久木田に会ってしまったことを悔やんだ。

それから二日ほどたった夜、環から電話があった。
「・・・たまき」
消え入りそうな声で、環は泣いていた。
「どうしたの?」
「・・これから行ってもいい?」
「ああ、もちろん」
環の涙の原因は、僕が由比ヶ浜に行ったことで、久木田が僕と環がただならぬ関係になっていること察したのだろうかと、やはり由比ヶ浜に行ったのは間違いだったと、改めて悔いた。
それから一時間ほどで、環はサングラスをかけ大きなバックを手に現れた。
「今日泊まってもいい?」
僕は一瞬顔に怪我でもしているのかと心配したが、どうやら泣いて腫らした眼を隠してるだけのようだった。
「喧嘩になったんだ?・・僕のせいだね」
環は小さくうなずいた。
「・・・でもいずれいうつもりだったし速水さんのせいじゃないから・・・」
「ごめん・・・」
「謝らないで!海に来てくれたのは凄く嬉しかったんだから」
「彼、なんていってた?」
「・・・あんなおやじのどこがいいんだって」
と、環は少し笑顔になった。
「おやじか〜まあそうか・・」
「え!速水さんそんなことないよ」
環は僕の腕を掴みながら、慌ててフォローしてくれたが、確かにまだ30代とはいえ、彼らからすれば間違いなくおやじだと納得はしていた。
「なんだ、顔が笑ってるぞ!やっぱりおやじだと思ってたんだろう!」
「違うって!」
環は僕に抱きつきキスをしてきた。
そして何度も激しく僕の唇を奪い、環の弾力のある体に僕の下半身は敏感に反応し始めた。
「このまま上に住めばいい・・・」
僕は環の耳たぶを噛みながらつぶやいた。
「あ・う・・うん・・・」
環のかすれた声が漏れた。

その夜、物干し台から夜空を仰ぎ見ながら、環から久木田と別れる本当の理由を聞かされた。
久木田浩二は環のひとつ年下で、実家は塗装業を営んでいるが、一人息子なのに継ぐ気がないらしく、その上大学を出ても定職にはつかずにいるらしく、食費や家賃も環に頼っていたらしい。そんな甘えの強い久木田に、環は絶えられなくなってきたとのことだった。
優しい環は、自ら身を引くことで、久木田に成長して欲しいと考えたのだろう。
その日から、環は工房の二階に住みだした。
そして工房に住むことで新宿の夜のバイトはやめ、工房には少しずつ環の荷物が増えはじめたが、そんな光景が工房へ行く僕の楽しみにもなってきていた。
環は時折広尾のマンションにも来たが、広尾は女の匂いがするといって、あまり来たがらなかった。
確かに広尾のマンションには、僕の別れて間もない女の残り香がするのかも知れない。
それよりも、環は月島が気にいっているようで、時間があれば墨田川沿いを散歩し、二人で西仲商店街の店を探索した。
二人の時間は、新しい歩みとして刻まれ始めてはいたが、それでも時折環が物干し台に座りながら、暫く携帯を見詰めていることが気になっていた。
夏の酷暑も残暑に変わり、物干し台には短い命を全うした昆虫達の死骸が目立ち始め、秋の気配を告げていた。


           この続きは最終章へ・・・


 
| Walkin' | 22:53 | comments(0) | - |
Comment








Calendar

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>

Profile

Search

Entry

Archives

Category

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode