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由比ヶ浜からの風 <第四章> 月島川に広がる波紋
 

       


                  由比ヶ浜からの風

                <第四章>

                                        月島川に広がる波紋



一月ぶりに工房を訪ねてきた環は、男と同棲をしていることを僕に告白したが、彼とは別れるつもりでいるといった。
それならば僕にもチャンスがあると考えたが、環の揺れ動く心も同時に感じ取ってしまった。
あの夜隅田川のほとりで「部屋、この辺で探そうかな・・・」とつぶやいた環に「工房の上の部屋、空いてるよ」と、喉元まで言葉が出たが口には出さなかった。
というか出せなかったが正解だろう。
それというのも、環は彼との話しで、眼に涙を浮かべるほど傷ついているのに、好意からとはいえ、それではまるで弱みに付け込むハイエナのような気がしたからだ。
まあ裏を返せば、自分にそれだけ後ろめたさがあったということだが。
あれから環は引越し費用を貯めなくてはと、昼間のアルバイトに加え、夜のアルバイトも始めた。
もともと埼玉の実家には同棲していることは秘密だったらしく、引越し費用を頼るわけにもいかないとのことだった。
今の小田急線豪徳寺の1Dkマンションは、もともとは環が借りていたところに彼が転がり込んできたらしいが、別れ話は環からいい出しただけに、自ら出て行かなければ先には進めないと判断したからだ。
夜のバイトと聞いた時は水商売かと思ったが、新宿のファースト・フード店を選んだらしい。
環はそんな忙しい合間をぬっても、時折工房に現れていた。
それでも風鈴作り以来なにかを作りたいとはいわず、黙って汗みどろの僕の作業を見続けるだけだったが、その姿はまるで思考回路が止まっているようにも見えた。
時折僕が声を掛けても「う〜ん!?」と訳の分からない返事をしては帰っていった。
季節はすでに梅雨に入り、その日もぶ厚い雨雲が垂れ下がり、断続的に激しい雨が降りそそぐ不安定な空だったが、夕方になり「さっき止んでたのに!」と、びしょぬれの環が工房に現れた。
「傘なかったの?」
「だって・・・」
半泣きの環は、コンビニの袋を手に肩を落として身動きせずに佇んだ。
僕は窯から出したガラスを戻し、工房の奥の風呂場からタオルを取ると、環に向かって投げたが、環はタオルを受け止めようとはせず佇んでいたため、タオルは環の頭に引っ掛かるように覆いかぶさった。
僕は笑いをこらえながら環の手からコンビニのビニール袋を取り上げた。
環は「うえ〜ん」と泣きまねをしながらタオルで頭を拭き始めたが、ボーダー柄のタンク・トップの揺れた胸の谷間に、弾けるように雨の雫が流れ落ちていった。
僕がビニール袋をテーブルに置きながら「夜のバイトは?」
と聞くと「今日は休んだ・・・」と、横に束ねた髪を拭きながらぶっきらぼうに答えた。
「そうなんだ・・」
「それ、ビール」
テーブルに置いたコンビニの袋の中には、冷えた六個パックの缶ビールが入っていた。
僕は冷蔵庫から自分で作った薄口の幾何学模様のタンブラーを二つ取り出したが、流石に窯のある一階は梅雨の訪れとともに蒸し暑さが増していたため、僕はいつでも暑さから避難ができるように空調がドライになっている二階の部屋へ、環を初めて案内した。
「仕事は?邪魔した?」
階段の途中で申し訳なさそうな環の声が背中を押した。
「いや、今日はもういいんだ」
二階は狭い六畳だが、物干し台へ出るガラスの引き戸の前が一畳ほどの板張りの床になっているため広く感じた。
畳の上にはグレーのカーペットをひきつめ、三人は座れる革張りの黒いソファーとリクライニングになる同じ革張りの椅子が一つと、その間には長方形の大き目のガラス・テーブルが置かれていた。壁は白い漆喰だが壁際には棚も無く、TVもオーディオも置いていない殺風景な部屋だ。
それでも正面の物干し台へ出るガラスの引き戸の板の間に置かれた僕の作品が、ボヘミアンガラスのように、外光を取りこみ神々しい光が部屋の中に乱反射していた。
「素敵な部屋!」といいながら、環は珍しく僕の作品の前に座り暫く見つめた後、物干し台へ出るガラスの引き戸にへばりつき外の景色を見ていた。
物干し台からは、雨に打たれる葉桜の染井吉野と月島川に係留している屋形船が見えていた。
「ピザでもとろうか?」
「うん・・・」
環は外を見たまま返事をした。
「ドミノだけど、なににする?」
僕は一階に置いてあるドミノのメニューを取りに行こうとしたがその時環は「私ブルックリン・アンチョビ&オリーブ!」
と大きな声を張り上げ振り返った。
「速水さんは?」
僕は環のオーダーに、一階には降りずに携帯でドミノを検索すると、環はうれしそうに僕に近寄り僕の携帯を取りあげた。
「そうだな〜・・・」
普段あまりピザを頼まない僕は、メニューを見なければ決められなかった。
「じゃ〜クイーン・マルゲリータ。ね!」
僕が黙ってうなづくと「もしもし!オーダーです!」
環は大きな声で僕から住所を聞き出しながら注文をしていた。
「楽しいね!・・・冷蔵庫になにかあれば私が作るのに、今度は作りに来るね」
やむ気配のない雨が、再び激しい音を立て物干し台に置かれた観葉植物の葉を揺らしていた。
「それにしても、二階にこんな素敵な部屋があったんだね〜・・階段の上はどうなっているのか気になってたんだ・・」
環はもう一度部屋を見渡し、肩にタオルを掛けたままリクライニングの椅子に沈み込んだ。
「濡れてて寒くない?」
「大丈夫」
そういいながら両膝を抱え込んだ。
僕はドキっとしたが、今日はタイト・スカートではなくデニムのショート・パンツだった。
「遅くなった時に寝られるようにね。このソファーはベットになるんだよ・・でもほとんど使ってないけどね」
僕は座っているソファーを叩いた。
「広尾のマンションに住んでるんでしょ?でもここもったいないね〜!」
このときまた「ここに住んだら」と口元まで出かかった。
互いに二缶目のビールを開ける頃にはピザも届いていた。
テーブルに置かれたピザの箱を開けると、ふくよかな香りが鼻に抜け環は「わ〜い!」と両手を掲げておどけて見せた。
環はピザを頬張りながら、とりとめのないバイト先のお客の話しをはじめていた。
新宿のファースト・フード店の夜は、当然のように朝まで粘る客から、どう見ても不自然な親子のようなカップル。そしてメニューを全部などとからかう酔っ払いまで、少し怖いがさまざまな人間の縮図が見えて面白いと、いつものように言葉をかみ締めるように話していたが、僕は環の少し舌を出す食べ方が妙に淫靡に見え、ぼくの悦楽の神経細胞は活発に電流を流し続けはじめ、環の話はどこか上の空で聞いていた。
それから美大の友達の話しなどに移り、その夜環はいつになく饒舌だった。
そして、大江戸線の終電まじかになっても、環は帰る素振りをみせなかった。
引越費用を貯めている環にとって、月島から豪徳寺までタクシーで帰るには遠過ぎる距離だ。
僕はタクシー代を渡してもいいとは思っていたが「大丈夫?」と、いまだに同棲している状態に気づかった。
「なにが?」
環はとぼけていた。
「ほら、彼うるさいんだろ?」
僕はあえて終電のことではなく、束縛が激しいといっていた、彼のことに話を振った。
「今日は友達と遊ぶっていってあるし・・大丈夫・・最近あきらめたみたいだし」
「そう・・・」
僕はビールを一気にあおり、新たなビールをグラスに注いだ。
環も空いたグラスを黙って差し出した。
彼があきらめたとは、環が他に好きな人ができてもいいということなのか。
僕はいまだ環から、彼と別れる本当の理由を聞いてはいなかったが、少なくとも今夜の環の覚悟を受け止めるためにも、これ以上彼の話をするのはやめた。
すでに闇に覆われた外は雨が止み、風雨に揺れていた物干し台の植物からは、滴り落ちる雫が月明かりに光った。
二人の間に沈黙が走った。
僕はいたたまれずにグラスを片手に立ち上がると、物干し台のガラスの引き戸を開けた。
雨上がりの草木の蒸した匂いと、へばりつくような空気が流れ込んできた。
「雨やんだな〜」
僕は胸の鼓動を悟られないようにつぶやいた。
するとその時、背中に圧迫された体温を感じた。
環が僕の背中に体を預けてきたのだ。
僕は体中の血が逆流したかのように暫く動けなかったが、ゆっくりと振り向き、環の鍛え上げたようなくびれた腰に手を回し引き寄せた。
そして軽く唇を重ねてから、環の左頬に右手を添えもう一度唇を重ねた。
僕達はまるでなにかを確認をするかのように互いに見詰めあったが、環はゆっくりと眼を閉じ、僕の背中にまわした腕に力を入れた。
それから環は激しく何度も僕の唇を奪い、僕の官能を刺激し続けた。
僕は環を抱いたままソファーに押し戻し、グラスをテーブルに置くと、タックトップの下に手を入れた。
環のふくよかな温もりが、僕の指先から体中に伝わって来た。
堰を切った流れは止められず、環のきめ細かな肌が薄っすらと汗ばみ、弾けるような体は必要に絡みついた。
僕らは、現実のわずらわしさを吐き出すように激しく求め合った。
そして環が絶頂に入ったとき、僕の背中に激痛が走った。
環が僕の背中に爪を立てた「イツ〜」思わず声が洩れたが、環の恍惚の声にかき消された。

眼が覚めると環の姿はなく、テーブルの上にメモが置かれてあった。
      <バイトに行きます!お仕事頑張ってね>
僕はメモを持ったまま物干し台へ出た。
空は梅雨の終わりを告げる澄んだ青空に覆われ、風に舞った木の葉が目黒川に波紋を広げた。

それから10日ほどが過ぎ、依頼されていた照明器具も色鮮やかに仕上がり、僕の蒸し暑さとの戦いにも一区切りができた。
僕は環にバイトの次の休みを聞いたが、友達と海に行くとのことだった。
「そうなんだ・・どこの海?」
「鎌倉の由比ヶ浜・・ごめんね、会えなくて」
「いや、いいんだけど・・・僕も行ってみようかな!ほら、バイクも乗りたいし」
「え!・・・ごめん、彼も一緒なんだ。二人じゃないよ大勢で、ほら彼の友達はわたし達が別れることまだ知らないから・・」
僕は少し動揺したが、それでもなぜか嫉妬心は浮かばなかった。
「あ〜そうなんだ・・どうせほら、あんな広い由比ヶ浜じゃ見つけられないよ・・それに行くと決めたわけじゃないしね・・」
「うん・・・」
環の少し目じりの下がった悲しそうな顔が浮かんだ。


              この続きはまた・・・
     


                        
 
| Walkin' | 20:23 | comments(0) | - |
由比ヶ浜からの風 <第三章> 蛇腹提灯に灯がともり・・・
           


                  由比ヶ浜からの風

                <第三章>

              蛇腹提灯に灯がともり・・・


月島の工房にも五月の爽やかな川風が吹きぬけはじめたが、環からは風鈴を作りに来て以来なにも連絡はなかった。
僕も依頼された作品作りに追われ、バイクでのツーリングには絶好の季節にもかかわらず、せいぜい住まいの広尾との通勤で満足せざるを得ない状況が続いていた。
そしてその夜も、作業に一区切りをつけ、夕食を月島で食べるか、広尾に帰ろうかを考えていた時だった。
レディーガガのバッド・ロマンスの着メロが鳴り響いた。
環からのメールだった。
<あれ依頼お礼もしないでごめんなさい。これから伺ってもかまいませんか?お仕事の邪魔になりませんか?>
僕は二度読み直しながら少し胸が高鳴った。
<仕事は終わったのですが。今どちらですか?>
<今月島駅です>
あれからすでに一ヶ月ほどにもなるが、始めて環が工房に現れた時の姿が鮮明に蘇り、直ぐにレスを送った。
<これから何か食べに出よう思っているんですが、付き合ってもらえますか?>
<はい!>
環からのレスも早かった。
<では月島西仲通り商店街で待ち合わせましょうか・・>
僕は工房から商店街へ歩き始めたが、環は駅から商店街に来るため、ちょうど商店街の中ほどで会えるのではと思った。
携帯を握り締めたまま商店街に向かう道すがら、僕の顔は緩んでいた。
長い商店街は、五月の風に揺れる街路樹と、立ち並ぶ店の明かりに行きかう人々の賑わいが浮き上がり、より僕の心を弾ませたが、商店街の中ほどの、三番街の十字路に差し掛かった時だった。
人の流れの隙間に見え隠れする、スレンダーな環の姿が眼に入った。
今夜はタイト・スカートのしたにはレギンスははかず、小さな膝小僧が見えていた。
環も僕に気づき、右手を大きく振りながら躍動感溢れる足で駆け出してきた。
僕も軽く右手を上げた。
環は僕の回りを一周し、小さく息を切らしながら僕の前に立った。
「速水さん!ほんとうにお礼の連絡もしないでごめんなさい」
「いや〜・・・もんじゃ、食べたいですか?」
「え!だって速水さん・・」
「いや!僕は他のもの食べますから大丈夫ですよ。ただ君が月島まで来てもんじゃ食べないんじゃつまらないでしょ〜?」
「はい!」
うりざね顔の環の眼が、七福神の布袋様のように嬉しそうに微笑んだ。
僕は商店街に居並ぶ店ではなく、以前から気になっていた路地裏の小さな店に向かった。
後ろからついて来る環は、観葉植物や花の植木鉢が所狭しと置かれた細い路地裏の道に興味を示し「こういうの好き!」といいながらを辺りを見回していた。
古い木造一軒家のその店も、入り口が隠れるほど鉢植えの植物と花が整然と置かれ、お好み焼きと書かれた蛇腹提灯の灯が目印になっていた。
僕は色あせたのれんをかいくぐり、木で縁取られた曇りガラスの引き戸を覗きこむように開けた。
すると「いらっしゃい!」と威勢のいい声とともに、着物に白い割烹着を身につけた小太りのおばさんが、入り口近くのテーブルを指しながら「こちらにどうぞ」と勧めた。
店内の壁は、最近改装したのか外観とは違い真新しい茶色い木目の化粧版で、北側であろう壁の上には神棚と大きな熊手が飾られていた。
そして、四つある鉄板が埋め込まれた四人掛けテーブルの二つは、すでに三人組みの女性と一組の若いカップルで埋まり、奥の小さなカウンターには中年の女性が一人座り、厨房で働くおじさんと話をしていた。
「はい、なにお飲みになりますか?生ビール?」
この店の女将さんであろうおばさんは、僕達が席に着くなり、さも選択権を与えてくれていたような口ぶりだが、当然生ビールだろうとの予測のもとに注文を聞いてきた。
僕はおばさんの思惑通りになるのには抵抗があったのだが、環の顔を見ると、環は黙ってうなずいていた。
「じゃ〜生で・・」
「はい、生二つね!中?大?」
僕はもう一度環の表情をうかがいながら「中で・・」と答えた。
結局おばさんに凱歌が上がったが、環は僕の顔を見ながら笑顔で肩をすぼめた。
僕も環につられて笑みがこぼれた。
おばさんはすばやく中ジョッキの生をテーブルに置くと「メニューは壁に下がってるので・・」
といって、僕と環の顔を見比べはじめた。
「君はなんのもんじゃがいいですか?」
「う〜ん・・・」
環が、壁にかかった10種類ほどのもんじゃに迷っていると、すかさずおばさんが「そうね〜定番はシーフード。お勧めはベビー・スターかしら」
「え!ベビー・スタ〜?」
僕も驚いて紙の短冊を見直すと、確かにベビー・スターと書かれた短冊が眼に入った。
環も眼を見開いていた。
「歯ごたえね、サクサクして美味しいわよ」
おばさんは得意げな顔だったが、環は両方食べたそうにまた「う〜ん」と悩んでいた。
「両方たのもうよ」
僕は意を決して助け舟を出した。
「二つは・・」
環が遠慮気味に囁くと「あら!お二人でなら大丈夫でしょ〜」
おばさんの横槍だったが、環は僕が食べないと思い悩んでいたのだ。
しかし、そんなこととは知らないおばさんは、当然二人でもんじゃを食べるものだと思い込んでいた。
「大丈夫、僕も手伝うから・・・」と、僕も意を決した。
「え〜大丈夫です?」
といいながらも環は嬉しそうだった。
僕はついにもんじゃを食べる破目になったかと観念しながらも、いざという為に焼きそばを注文し、明太子と大根おろしをビールのあてに頼んだ。
「じゃ〜久しぶりに」
「はい、久しぶりに!」
僕と環は生のジョッキを掲げ合わせて飲みだしたが、環は肩をすぼめながら、顔の中心に筋肉を集中させ「う〜ん、おいしい!」とうなった。
僕の脳裏に、目黒川のお花見のときの環が鮮明に蘇った。
そんな環の顔を改めて見ると、肌つやのいい割には少し疲れているような表情が気になった。
「速水さん、本当にすいませんでした・・・」
「いや〜僕も忙しかったし、気にしてないから」
本当は何度か環にメールをしよと迷ったことがあったのだが、そのことは口には出さなかった。
「で、君は元気だったの?」
「はい、元気でしたよ」
「そう?それならいいんだけど・・・」
「なんでです?元気そうじゃないですか?」
環は食い入るような目で僕を見た。
「いや、そんなことはないよ」
僕はたまらず目線をはずした。
「へんなの・・それより!速水さん君はやめてください。た・ま・きでいいですから」
「そう・・わかった。そうするよ」
「はい、た・ま・きでお願いします」
僕は、環の明るさの中にも、また突然現れたことなど、何かが引っかかっていたのだが、そんな憶測も忘れさるほどカウンターに座っていたおばさんと厨房で働くおやじさんとの三人の会話が店の中に木霊していた。
会話の内容から、やはりこの割烹着を着たおばさんが店の女将さんであり、厨房のおやじさんとは夫婦のようで、どうもカウンターに座るおばさんは女将さんとは姉妹のようであった。
三人は親戚の葬儀について話しているようであったが、話の腰を折りながら女将さんがもんじゃの具材を運んできた。
「お待たせしました!どう?作り方は分かりますか?」
「は〜・・」
女将さんの問いかけに、僕は鉄板を見詰めどうしていいものか躊躇していたが、間髪を入れず環が「わたしが!」と、環は僕の動揺を見越してか、まずシーフードの具材を取ると、イッキに半分以上を鉄板に流し入れた。
鉄板の上に広がった生地は、ジュウジュウと激しい音を立てながら収拾がつかないほど大きく広がっていった。
その時女将さんの大きな声が飛んだ。
「なにしてるの!そんなにいっぺんに入れたんじゃだめだよ!なんだ知らないじゃないの〜!」
環は女将さんの大きな声に肩をすぼめ、子供のように脅えた顔をしていた。
「すいません!初めてなんです」
僕は女将さんを許しを請うように見詰めた。
「しょうがないね〜知ったかぶりはだめだよ〜」
笑いを抑えた、周りのお客の視線が痛かった。
おばさんは大きなへらを取ると広がってしまった具材を手早くまとめ、何とか円盤状にまとめてくれたが、やはり僕はべちゃべちゃのもんじゃが鉄板の上でグツグツと泡を立てている様に、これを食べるのかと思うと、やはり少し腰が引けていた。
「最初はね、具だけ半分入れてドーナツ状の土手を先に作るの、それから真ん中に生地を半分入れて、生地がグツグツしてきたら混ぜて、残りはまた同じように繰り返すの・・わかった?」
「はい・・・」
環は小さな声でうなずいたが、まるで小さな子供のようでもあった。
「もう少しして回りがパリパリになってきたら、そのはがしで取って食べるのよ・・その大きなへらで食べちゃだめだよ」
と、小さなはがしといわれる金属のへらを指差した。
「はい」
同時に返事をした僕と環ははがしを取り、準備に入ったがそこでまた女将さんの声が飛んだ。
「そんな持ち方じゃだめだよ!こうして人差し指をまっすぐにして、はがしの下を親指で抑えるの、ね!後は柄を三本の指でこうして持つの。そしたらば、人差し指で押さえながら端から剥がすように取って食べる・・分かった?」
女将さんは僕らの傍に仁王立ちになっていたが、悲しいかな僕の脳裏には、廊下に立たされた小学校の姿が蘇っていた。
僕は恐る恐る焦げ目のできた端をはがしで取りもんじゃを口にしたのだったが、思いのほかのあさりや桜海老の香ばしさと、焦げ目の美味しさに驚いた。
そして環の土手作りがうまくなったベビー・スターにいたっては、サクサクの歯ごたえと青海苔の香りが絶妙なハーモニーを築いていた。
「速水さん、食わず嫌いだったんですね」
環は、僕の顔を上目遣いに覗き込んできた。
僕は言葉には出さなかったが、苦笑いで答えた。
こうして僕のもんじゃ初体験と、環の本場月島のもんじゃ作りが、ことのほか僕達を和やかにし、焼きそばを食べる頃には、僕も環も芋焼酎のロックを飲みだしていた。
そして、環のお酒の強さにも驚いたが、環は酔うほどにたれ目ぎみの眼と少し開き気味の口元が妖艶さをかもし出し、胸につかえていたものが噴出し始めた。
「速水さんって、付き合っている方いるんでしょ?」
「いや〜今はいないよ」
僕は躊躇無く答えたが「うっそ〜!・・・」環は指を回しながら僕を刺した。
「いや、ほんとうだよ」
僕は前の年の暮れに、二年程付き合っていた人と別れていた。
画商の仕事をしていた彼女は海外に行くことも多かったのだが、そんなストレスの溜まった彼女の気持ちを、僕が受け入れる余裕がなかったのが原因だった。
「そうなんだ・・・速水さん聞いてほしいことがあるんですけど・・・」
突然環は神妙な顔になった。
「うん・・聞くよ」
余裕のありそうな返事をしたものの、僕の頭を一瞬にして不安な気持ちが取り巻いた。
「私ね、今同棲しているんですけど・・」
やはり男のことだった。
「でもね、同棲は解消しようと思っているんです・・ていうか私が出て行くつもりなんですけど」
「そうなんだ・・」
環ほど魅力があれば男の一人ぐらいは当然いるとは思っていたが、まさか同棲しているとまでは考えていなかった。
しかし僕は、いまどき珍しいことでもないかと妙に納得しながらも、環の男との別れ話には、なぜか安堵している自分がいた。
「それでもめていて・・それで速水さんに連絡できなくて・・・」
「もめてるって、大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫。彼も分かってくれたから・・・」
環の眼に薄っすらと涙が浮かんで見えた。
僕は周りの目が気になり「ねえ、ここ出ようか?」と小声で伝えた。
環は黙ってうなずいた。
お勘定を済ますと「ありがとうございました!どうだったの月島のもんじゃは?」
女将さんは、うつむきかげんの環に向かって声を掛けた。
「はい、とても美味しかったです!また来ます」
環は顔を上げ、涙目を笑顔で隠した。
「ありがとうございます!」
厨房から聞こえてきた親父さんの言葉にも送られ僕達は店を出ると、僕は月島駅とは反対の工房のほうへ向かい、道すがら二人で自販機でお茶を買うと、そのまま隅田川沿いの遊歩道へ出た。
広々とした隅田川から、川面を抜ける風がお酒で火照った顔をかすめ、暗闇の隅田川の上流にはスカイ・ツリーが光に包まれていた。
「あ!スカイ・ツリーだよね!綺麗・・・」
環は川べりまで歩んだ。
僕は街路灯の下のベンチに座り、髪が風にたなびく環の後姿を見ながら、環がまだ彼のことを好きなのだろうと思った。
暫くして環はおもむろに僕の隣りに座ると「部屋、この辺で探そうかな・・・」
と、対岸の灯りを見つめながらつぶやいた。


                    この続きはまた・・・
| Walkin' | 18:28 | comments(0) | - |
由比ケ浜からの風 <第二章> 夜の川面の花筏
          
                

                                  由比ヶ浜からの風

             <第二章>

            夜の川面の花筏


それは突然だった。
「こんにちは!」
工房のガラス窓越しに声が聞こえ、振り返ると環が小さく手を振っていた。
環は、今日も膝上10センチほどのグレーのタイト・スカートに茶色のローファーの靴を履き、上はTシャツのうえにGジャンをはおり、
麻素材で紺地に白い小さな水玉柄の大きなスカーフを首に巻きつけていた。
そして、夜は未だ花冷えの日が続いているためか、タイトスカートの下には紫のレギンスをはいていたため、小さな膝小僧は隠れていた。
僕は、予想だにしなかった環の訪問に少し戸惑いながらも「や〜ここ、すぐに分かりましたか?」と冷静さを装った。
「ちょっと迷いました・・この辺もんじゃで有名な所ですよね?」
「そう、月島駅の方に沢山お店あったでしょ〜もんじゃ好きですか?」
「もちろん好きです!・・けど、下北のお好み焼き屋さんでしか食べたことないですけど・・」
環は少し困った顔をした。
「・・あ〜べつにいいんですよ、月島のもんじゃの自慢しているわけじゃないから・・というか僕は苦手で・・」
「え〜そうなんですか・・なんで?」
環は興味深そうに僕の顔をのぞき見ていた。
「え〜だって、あれ、べちゃべちゃしてるでしょ・・あれがね〜東京に出てきて驚きましたよ・・都会の人はもっと、まともなもの食べていると思っていたから。僕は長野の田舎者ですけど、もう少しちゃんとしたもの食べてましたから」
環はクスッと笑った。 
僕の工房は隅田川に架かる勝鬨橋を渡った月島にあるのだが、元来このあたりは埋め立て地であり、下町情緒溢れる場所だった。
しかし今ではリバーサイドなどとうたう高層マンションが乱立し、町の景観は様変わりしているが、それでも一歩裏通りに入れば、古い木造住宅が軒を並べ、狭い路地には鉢植えの植物が所狭しと置かれている。
これはクーラーなどなかった頃、風通しのいい路地に水を打ち涼を取る下町風情の町並みのなごりだ。
そして、月島西仲通り商店街には、お好み焼きともんじゃ焼きを売りにした店が連なり、今では全国から人が訪れるほどの名所だ。
そんな月島にある工房は、隅田川から小さな水門で守られた桜並木の月島川の傍にあり、元車の修理工場だった二階建ての木造住宅だが、二階には六畳ほどの和室と物干し場があり、かすかに重油の匂いは残っているが、ガランとした広さの一階が工房としては使い勝手が良かった。
「川がそばで、いいとこですね・・」
「そう・・工房は暑いから、少しでも川風が入るといいかなと思ってね」
環は工房に置かれている僕の作品を、色々な角度から品定めをするかのように見詰めながら、工房の中を一周すると僕の前に立った。
そして特別感想をいうでもなく「風鈴、作れますか?」
と、首をかしげた。
「あ〜風鈴ね。作ってみる?」
環は嬉しそうにうなずいた。
僕は1300度にもなる炉の火を確かめ、普段作品作りに使うスチールの長い棒ではなく、共竿と呼ばれる130センチほどのガラスでできたストロー状の竿を棚の奥から取り出した。
久しぶりに使う竿だったが、なんだか新鮮な感覚にとらわれた。
僕はその共竿の先に、炉の中からとろけた飴のようなガラスを、口玉という500円玉ほどの大きさに巻き取ると、少しだけ空気を吹き込んだ。
それからその上に、もう一度溶けたガラスを付け、また少し膨らませると内側から針金で糸を通す穴を開けけ、共竿を回しながら一気に膨らました。
そして程よく膨らんだところで、口玉のところを包丁で切り落とした。
「すごい!」
僕の一連の動きに、環は両手を合わせながら歓喜の声を上げた。
「やって見る?」
「やるやる!」
環の眼は輝いていた。
僕は共竿に少し溶けたガラスを巻き取り、環に渡した。
「はい、吹き込んで・・」
当然だが環は加減が分からず少し吹いたが、弱すぎたためガラスに変化は見られず「もう少し強く」との僕の言葉に、環は頬を膨らませ一気に吹いた。
口玉のガラスは脇から一気に風船状態に膨らみシャリっと乾いた音をたて崩れ落ちた。
「キャ〜!」
と奇声を発しながらも、環はすぐに笑い転げ、もう一度と人差し指をを立てた。
二度目は針金を通すところまでは順調に行ったが、穴を開けたため、少し強めに吹かなくてはならず、その感覚に苦労していたが、四度目には最後の膨らましまで順調に行き、程よい大きさに膨らました。
そして最後は、僕が口玉のところを切り落とした。
「やった〜!でもここは削らないんですか?」
環は切り落とし口のギザギザを指差した。
「あ〜そこはそのままギザギザのほうが、いい音色がするんだよ」
「な〜るほど・・・」
「さ〜後は絵付けだね。風鈴は内側に絵付けをするんだよ」
「な〜るほど・・・」
環の判で押したようなうなづきに、僕は笑みがこぼれたが、環は意に介さず筆を取った。
そしてテーブルに着くと、真剣な眼差しで風鈴を眺めながら集中し始めた。
僕はそんな環を横目に、自分の作品作りに戻った。
暫くすると「すいません!もう一つ膨らましてもいいですか?」
環は絵付けが気に入らなかったのか、悲しげな表情で頼みこんできた。
「あ〜かまわないけど・・大丈夫?」
「はい」
環は、僕には見えないように後ろ手に絵付けを失敗した風鈴を隠していた。
僕はそれを見て見ぬふりで自分の作業に戻ったのだが、後ろでカシャンんと、風鈴を壊す音が聞こえた。
暫くガラスを削るグラインダーの音が工房の中に響き渡り、ゴーグルとマスクをした僕には、環の気配を感じることはできなかったが、暫くしてゴーグルをはずし絵付けの作業台を見ると、そこに環の姿はなくテーブルの上には絵付けを終えた風鈴が置いてあった。
僕はおもむろに立ち上がりその風鈴を手に取った。
風鈴は色とりどりに細かく絵付けされ、ほとんど余白がないほどで、まるで水を入れたヨーヨーのようでもあったが、初めて絵付けする人はシンプルな絵を描くものだが、これほど隙間なく絵付けする人は珍しく、それでいて色合いはロートレックの絵のように爽やか色彩に飛んでいた。
僕は風鈴に紐を通し完成させた。
シャリリーン!爽やかな絵に命が吹き込まれた。
「いい音・・」
後ろに環が立っていた。
「はい」
僕は環に風鈴を手渡した。
環は風鈴を高々と掲げながら工房の外へ出ると「川に行ってきま〜す!」
といってまた姿を消した。
僕は環の行動に不可思議さを感じながらも、そんなところに惹かれている自分がいた。
それから数時間、僕は作業に集中していたため環のことは頭から離れていたが、外が夕闇に包まれても環は戻ってはこなかった。
僕は環が川に行くといったことを思い出し、月島川の桜並木を抜け、大きな隅田川沿いの遊歩道まで足を運んだが、そこにも環の姿はなかった。
その時、ポケットの携帯が振動した。
環からのメールだ。
 
<今日はありがとうございました!お仕事の邪魔になるので、今日はこのまま失礼します>

夜の川面に対岸の光がゆれ、そよぐ波間に桜の花筏が流れていた。


    この続きはまた・・・

 
| Walkin' | 16:26 | comments(0) | - |
由比ケ浜からの風 <第一章」> 風鈴のねに揺れた染井吉野
      

      
                               由比ヶ浜からの風

                               <第一章>

             風鈴のねに揺れた染井吉野

           

朝日に映し出された東京の空は、青が優しく浮き上がっていたが、キラキラと光輝くビルの窓ガラスは暑さの前兆だった。
それでも海に行くことにはなんの躊躇もなく、僕は体重をバイクのキック・スターターにかけた。
ドルルン・ドッドッドッドッ単気筒エンジンの音を、POSHのトライアンフ・マフラーが小気味よく奏ではじめると、僕の体の芯までもが揺るぎはじめた。
愛車はすこぶる機嫌がいいようだ。
そう、このヤマハのSR400はエンジンを掛けるのにキーでのセル・モーターはなく、足でのキック式であるため、時折駄々をこねるときがあり、何度か体重をキックに乗せなくてはならず、ワン・キックでかかった時は妙な快感に包まれるのだ。
ドルルル〜ン・ドルルル〜ン、アクセルを二度絞ると僕の眠っていた脳は活性し、同時に未だ眠りから覚めぬ広尾の町の静寂さえも揺さぶってしまった。
僕は逸る気持ちを抑えながら愛車に跨り、腰から体中へ広がる振動に身震いしながら、一気に恵比寿を抜け駒沢通りを環八に向けアクセルを絞った。
速水亘(はやみ・わたる)39歳。ガラス工芸家。
遠のいた梅雨空の後は日差しが強く、ヘルメットの中は息苦しささえ感じるが、ひとたび走りだせば体を取り巻く重苦しい空気は、たちどころに心地のいい風へと変身した。
狭い駒沢通りの車列をすり抜け、環七を渡るとすぐに駒沢公園が広がる。
すでに公園には、のどかな休日の朝を満喫するマラソンランナーやバイコロジーにふける人達が姿を見せ、思いのほか人の多さに驚かされた。
そして緩やかなアップ・ダウンを繰り返しながら環八を左折すると、すぐに第三京浜の標識が眼に入った。
何台もの車が左車線に流れ、第三京浜の入り口に吸い込まれて行ったが、僕も流れに乗りながらギヤーを落とすと、息を殺し左ターンに車体を倒した。
そして270度近くのアールに耐えると、シフトアップをしながら体制を立て直しイッキにアクセルを絞った。
視界には多摩川を渡る橋が広がり、速度計は直ぐに100キロをこえたが、今度は多摩川を吹き抜ける強い横風にスライドしそうになるSRを、僕は必死に体を絞り込みながら渡りきった。
そして、ふ〜っと息抜きをしながら体の力を抜くと、SRも何事もなかったかのように安定し、僕は120キロまでアクセルを絞った。
トルクの大きな単気筒エンジンが、時を刻むように音を響かせはじめると、今度は心地のいい緊張感が体を支配し、まさに僕とSRは人馬一体となっていた。
緩やかな第三京浜で脳と体の緊張を徐々にほぐしながら狩場ジャンクションを抜け、SRは横浜横須賀道路(通称横横)へ入った。
三浦半島を縦に山間部を抜ける横横は、緑濃い木々に囲まれ、緩やかなカーブとほどほどのアップダウンがバイク走行には打って付けのロケーションだ。
そして、なんといっても風の変化に感動する。
都会のヒート・アイランド現象の暑い風に覆われた第三京浜から、横横は木々の間を抜けた清々しい風に変わるからだ。
敏感に風の変化を感じられるバイクならではの快感だ。
僕は渋滞ぎみの車列の横を慎重にすり抜けながら、程なく見える海の景色に思いを馳せ、葉山インターで横横を降りた。
そして、横須賀と葉山を横断している道を右折し葉山に向い、途中の湘南国際センターを左折しながらひと山越すと、目の前は海岸線に出るトンネルだ。
トンネルを吹き抜けてくる風が、潮の匂いを運んでいる。
紫外線になれた眼は一瞬光を奪われ暗闇とかすが、前方には半円形の光がキラキラと輝く海を映し出した。
海岸道路の134号線の信号が変わり、僕は上体をおもいっきり伸ばしながら、目の前に広がる相模湾からの潮風を吸い込んだ。
東京の雑踏から一時間。新鮮な創作意欲を掻き立てる手段としても、やはり来て良かったといつも思う瞬間だ。
青に変わった信号にハンドルを左に切ると、すぐ右手に立石・秋谷の海岸が広がる。
立石といえば、砂浜から突き出る12メートルの岩があり、海の彼方に見える夕映えの富士山とのコントラストは、あの安藤広重も好んだという絶景の場所だ。
僕はその先の緩やかな坂を上がり、佐島マリーナ入り口の小さな路地を右折した。
住宅街の曲がりくねりった細い坂道を下りきると、人影もまばらな小さな芦名海岸に出た。
僕はSRの速度を落としたまま、右手に広がる海を見ながら海沿いの道を佐島マリーナへと向かった。
しかし、視界の気持ちよさとは裏腹に速度を落としているため、股下からは頑張ったエンジンの熱気が、僕の体力を消耗させるように立ち上ってきた。
夏のバイクの洗礼だ。
そして佐島マリーナへ入る狭い路地を右に曲がると、正面に佐島公園の入り口が見えた。
マリーナのゲートは公園を左に曲がったところだが、僕は佐島マリーナに来たわけではなく、この小さな佐島公園が目的地なのだ。
僕は公園入り口の木陰にSRを停めヘルメットを脱いだ。
思わずふ〜っと息を吐き、ヘルメットからの開放感に浸ったが、今度はギラギラとした紫外線が容赦なく降り注ぎ、汗でへばりついているジーンズの不快感が増した。
僕はすぐにでも脱ぎ捨てたい気分を押さえ、とりあえずアロハ風のシャツを脱ぎ捨て、Tシャツ姿で目的の佐島公園に入った。
入り口を入ると、右手に小さな砂浜のある入り江が広がるがここも人はまばらだ。
僕はその先の岩場まで、砂に靴をとられながら向かった。
岩場では数人の子供達が、バケツ片手に岩の間を覗き込み、小さな網で小魚をすくっていたが、こんな光景を見ると幼い頃が過るものだ。
長野の山奥で育った僕は海ではなく、川での魚取りが蘇るが、海への憧れは果てしなく強く、大きな船の船長になるのがその頃の夢だった。
佐島公園は周囲一キロ程の天神島であり、自然植物を管理しているところでもあるが、此処は知る人ぞ知るで、休日とはいえほとんどが地元の人であり、安らかな休息地になっている。
僕は先端の岩場まで歩き、岩場の手前に生える芝生で靴を脱ぐと、Tシャツとジーンズも脱ぎ捨てた。
ジーンズの下にはトランクス型の海水パンツをはいてきていたのだ。
風に波立つ大海原は楕円に盛り上がり、広大なパノラマと化していた。
岩に弾ける波は無数のシャボン玉のように大空に弾け、沖を走る幾つものヨットの帆が力強く光輝いていた。
僕はTシャツを芝生に広げ大の字になった。
そして鳶が浮かぶ空を見上げながら、鎌倉の由比ヶ浜に思いを馳せた。
今日由比ヶ浜には、吉沢環(よしざわたまき)が来ることを知っていたからだ。

吉沢環は、美大を卒業したが現在フリーター状態の25歳。
日本的なうりざね顔で、奥二重の眼尻は下がり気味だが、そこが妙に色っぽく、色白の顔にピンクの口紅が特徴的だった。
そして、160センチほどの背丈にタイトなミニスカートをはき、すらりとした足を誇らしげに出していた。
その上、その足をより強調するかのようにローファーの靴がアキレス腱を綺麗に魅せていた。
僕が環と知り合ったのは二ヶ月ほど前だが、美大の先輩でもあるアート・ディレクター佐々木氏主催の目黒川お花見パーティーの店だった。
僕はパーティー開始は6時からとのメールにまじめに行き着いたが、未だ人はまばらで、佐々木氏以外には顔見知りも見当たらなく、ワイン・グラスを片手に店のテラスへ出た。
川沿いの道は人が溢れ、道端では若者達が車座で酒盛りをしていたが、テラス席には花冷えの風がそよぎ、ライト・アップされた染井吉野の薄ピンクの花びらが、幻想的に漆黒の夜空に舞っていた。
毎年のことながら短い命を可憐に咲き誇るさまは、潔さを心情としていた日本人の心には、やはり染み入る風情だと、観賞に浸っていると「速水さん!」
背後から声を掛けられ振り向くと、佐々木氏の妻貴恵だった。
そして貴恵の後ろで、少し首を傾けながら僕を見ていたのが吉沢環だった。
「お久しぶりです」
僕は深々とお辞儀をし敬意を示した。
「ほんと、お元気でした?」
貴恵は如才無い笑顔で、僕の真意を掴みそうな眼差しをしていた。
「まあ〜何とか・・」
「な〜に若いのになんとかだなんて!・・ねえ速水さん紹介するは、お友達のお嬢さんなんだけど吉沢環ちゃん。この子ガラス工芸に興味があるらしいの・・環ちゃん、ガラス工芸家の速水さん」
「こんにちは・・じゃない、もう今晩はか」
環は貴恵の横に1歩でるなり、屈託のない笑顔でお辞儀をした。
「貴恵!」
その時店内から、佐々木氏が貴恵を呼ぶ声が聞こえた。
「は〜い!ごめんなさい・・じゃ〜速水さん、環ちゃんをよろしくね」
貴恵はそういい残すと環の肩に手をやり、なにやら無言で環に目配せをして店内へ消えた。
貴恵は中国人とのハーフで45歳ぐらいだと思うが、子供を二人も生みながらもスレンダーな体を保ち、元ファッション・モデルの面目躍如といわしめていた。
その上わがままな佐々木氏を手の平で遊ばせるほど、気丈でクレバーな人でもあった。
「座りませんか?」
僕は環に席を勧めた。
「はい・・」
「あ!なにか飲み物を持ってきましょうか?」
僕は環が手ぶらなことに気がつき自分のワイン・グラスをテーブルに置いた。
「大丈夫です!自分でとってきますから。速水さんはワインでいいですか?」
環はすばやく立ち上がり、僕のワインが残り少ないのを見て機転をきかせた。
「そう・・ありがとう」
環はストレートの長い髪を翻し、躍動感のある歩き方で店の中へ入った。
このとき少なからず僕の胸は高鳴ってはいた。
暫くして環は、ビールとワインを両手に持ちながら戻ってきた。
「すいません!ありがとう・・・じゃ〜よろしく」
「はい!かんぱ〜い!」
環の大きな声で僕達はグラスを合わせたが、環はビールをすばやく口にし「う〜ん、おいしい!」
と肩をすぼめながら、顔の筋肉を中心に集中させたような顔になった。
そんな仕草にしたたかさを感じないではなかったが、見るからに可愛さが勝っていた。
それから僕は、自分の工房で作品作りをしていることなどを話したが、環は女子美の美術学科を卒業した後、一度はデザイン事務所に就職したが、やりたいこととは違うことにいたたまれず二年程で辞めてしまったこと。
そして、今はフリーター状態であることなどを、ときおり夜桜に眼を移しながらゆっくりと話した。
僕は言葉を奥歯でかみ締めるような口調の環に、妙な色気を感じた。
「こんど工房に行ってもいいですか?」
「あ〜いつでも来てください・・」
「ガラスって繊細で面白そう・・私あれ!風鈴とか作ってみたい」
「あ〜風鈴ですか・・・」
僕は金属や土との融合によるガラスアートや照明器具を作っているので、風鈴と聞いて少し戸惑ったが深くは考えなかった。
しかしその時、澄み切った風鈴の音色が染井吉野を揺らした気がした。
それから環は、僕の作品について質問をした後、自分の美術や音楽そして映画などへの探究心の強さを前面に出し、ときおり僕にも興味の対象を聞いてはきたが、気がつけばまた環の話しへと戻り、僕はうなずくばかりだったが、それでも僕には心地のいい時が過ぎていた。
その後テラスには環の友達が集まりだし、僕は早々に若者の輪から引き上げ、店内の佐々木氏と談笑の後、環には挨拶はせずに10時頃には目黒川から引き上げた。
それから一週間ほどたった日のことだった。
吉沢環が工房に現れたのは。


         この続きはまた・・・


                                
| Walkin' | 21:43 | comments(0) | - |
Cafe Win 秋冬の新メニュー
                                            
                    Cafe Win 
                   秋・冬の新メニュー


          

            <シーフードのクリーム・シチューサラダ添え>
             ライスかバターロール付き ¥1000
             ≪ランチ・タイム11:00〜15:00≫
             ブレンド・コーヒーか紅茶付き ¥1000
             単品は¥900
             
            

            
   
| Walkin' | 10:51 | comments(0) | - |
Cafeの空耳  やはり癒しは海と犬
                 Cafeの空耳
                        やはり癒しは海と犬

             GW友達の犬と共に湘南へ・・・
       
長者ヶ崎の一色海岸で、自分の専用デッキ・チェアーでくつろぐ<アンディー>
実はこの犬、オーストラリア産の<ラブラ・ドゥードル>という犬なのだが、なんと動物アレルギーの人に免疫性を備えている犬なのだ。
現にこの飼い主も犬アレルギーになったのだが、どうしても犬が欲しくて探したらしい。
この犬はそんな人達の盲導犬になるべく創られたのだ。
犬とは、元来狼から人間が飼い犬として作り上げてきたものだが、このような犬までにするとは驚かされる・・・

      
   それにしても海を見ているだけでも心が癒されるのに、この犬も癒される存在だ。
   猫嫌いな僕にとっては願っても無い取り合わせで、素晴らしい休日となった。

           
            葉山の友人宅のテラスで・・・ 

 
| Walkin' | 13:16 | comments(0) | - |
Cafeの空耳 息子さまの個展
                                                   Cafeの空耳
              息子さまの個展

デザイナーであり画家の息子拓也の個展が表参道で開催しております!
お時間あればお立ち寄りくださいませ!
<ドトール・コーヒー豆のパッケージデザイン>も描いております>
3月28日〜4月2日まで。
表参道・HBギャラリー
伊藤病院の脇を入り、突き当たりを右に曲がり道なりに左へ曲がると20メートルほどの左わき道にあります。




| Walkin' | 11:27 | comments(0) | - |
Cafeの空耳 アカデミーの追悼 
                  Cafe の空耳    
                アカデミーの追悼
                         
                                   

華やかなアカデミー受賞式・・・その中でいつも涙してしまうのは、受賞者の涙ではなく、この一年で亡くなった俳優や映画に携わった人達を追悼し称える時間だ。
そして、今年は最後に先月亡くなった<フリップ・シーモア・ホフマン>の写真が映し出された。
まだ46歳という若さで・・死因は薬物の過剰摂取だった
彼の内に秘めた演技力と存在感は、それがどんな映画であろうと、僕は彼の演技に裏切られることはなかった。
これからの映画界において、多大なる損失といえざるをえない。
2005年「カポーティ」でアカデミーとゴールデン・グローブの主演男優賞を受賞した。
改めてご冥福を祈る・・・
                           by Hide
| Walkin' | 10:46 | comments(0) | - |
Cafeの空耳 <旧赤プリ、殿下の恋>
                     Cafeの空耳
               <旧赤プリ、殿下の恋>

     

通称「旧赤プリ」とは「赤坂グランド・プリンス・ホテル」の略であり、朝鮮最後の王家であった李王家が、韓国併合後日本の皇族に準ずる待遇を受け、その李王家の李根(イ・ウン)殿下が1926年(大正15年)に王位継承したさい、日本の皇族梨本宮の長女万子様を妻として迎えた邸宅であった。
そして終戦後、国土計画興業(後のコクド)が取得し、1955年に西武鉄道がホテルとして開業したのだったが、去年話題になったのは、徐々に低くなりながらいつの間にやら消えるという、先端技術を駆使して解体した高層の新赤坂プリンス・ホテルだ。
「旧赤坂グランド・プリンス・ホテル」はその高層の新赤坂プリンス・ホテルの隣りにあるが、僕はこの建物も解体されてしまうのかと思っていた。
しかしこの建物は解体されることなく、工事中一時移動させながら元に戻し保存されることとなった。
その方法とは、写真のように建物の土台をコンクリで固めジャッキで上げた後、レールをひきつめた上をそのまま移動させるということものだった。
まぁそんな記事を読み安堵しながら、僕の脳裏に走馬灯のように数々の想い出が蘇ってきた・・・
それはすでに30数年ほど前にもなるが、僕が結婚式を挙げたホテルだったからだ。
結果的には、残念ながら離婚をしてしまった今となっては(忘れてしまいたい!)のではと思われるかもしれないが、それどころか、僕にとっては生涯忘れることのできない結婚式となったからだ。
その内容とは、当時モデルをしていた一回りも年下の嫁の為、友人のCMディレクターやスタイリストにイベント・プランナー達が、花嫁をなんと7回も衣装を変させて登場させるなど、まるでファッションショーのように華やかに企画構成したのだった。
そして来賓には、若くして亡くなられた高円宮憲仁親王殿下(当時はまだ高円宮を名乗る前で三笠宮様の三男坊であった)や、カメラマンの関口照生さんの妻である女優の竹下景子ちゃん、それにマージャンやゴルフ友達だった男優の柴田恭平などが列席してくれ、その上全員が祝辞までのべてくれた。
そして最後には当時遊びでやっていた僕達のロック・バンド<青山二丁目バンド>の演奏と、まるで芸能人まがいの華やかな結婚式となったのだ。
それにしても(なぜ殿下が?)と思われるだろうが、僕が高円宮憲仁親王殿下(僕はノリちゃんと呼んでいた)と知り合ったのは、ノリちゃんが学習院大学に入学した頃、ご学友の女の子が昼間僕の店(当時の店walkin)でアルバイトをしていたことがあり、ノリちゃんは近くの赤坂御所内に住んでいたこともあり、レコードを聞いたりかけられるうちの店は格好の遊び場所となったのだ。
(その後ノリちゃんの誕生パーティーに赤坂御所内の三笠宮邸に招待されたことがあったのだが、あの青山一丁目から赤坂にかけて張り巡らされた石塀の中は、一歩入るとまるでここは軽井沢かと錯覚するほど都会離れしていた。そして部屋の椅子の背には菊の御門が入り、テーブルの上に置かれたタバコケースには、これまた巻紙に菊の御門の入ったタバコが詰っていた。
それを見た時「あ〜やはりノリちゃんは皇族なんだな〜」と改めて感じたものだ)
それでも当時ノリちゃんの来店は、夜のBar・timeではなく、もっぱら昼間の健全な時間だけだっが、その後ノリちゃんはカナダに留学し音沙汰は無くなった。
しかし数年後のBar・timeだった。
「上岡さん、まだやってたんだ!」といいながら、満面の笑みを携え少し大人びたノリちゃんが現れた。
それ以来ノリちゃんは、夜な夜な<カナディアン・ウイスキ−>を飲みに来るようになったが、王位継承権第9番目にあたるノリちゃんには、常に店のの前に皇宮警察のお付きの人が車で待機していた。
こうして店の常連達からも「ノリちゃん」と呼ばれ、親しみ深い皇族として人気者になっていったのだが、店が終わっても飲み足りないノリちゃんは僕と飲み歩き、僕の自宅に泊まることもあったほどだったが、それでも常に乱れることもなく、背筋がピンと伸びた姿勢を崩すことはなかった。
そんな深夜の飲み歩きで、ノリちゃんのお気入りは西麻布の居酒屋であり、そこで始めて食したという焼き鳥の皮にいたくはまり、僕とは別行動の日も度々訪れていたほどだった。
そんな独身皇族のノリちゃんが、ある夜女性を一人連れて現れた。
「ヒデさん爽やかな人でしょう!」
そんな言葉で紹介してくれた方が、後に御結婚なされた高円宮妃殿下久子様だった。
なんとその日が初デートでもあり笑顔が絶えなかったが、ノリちゃんは久子様を好きになった理由の一つに「僕より英語が上手いんだよね」といった。
ノリちゃんは、カナダ留学で培った英会話に自信があっただけにショックだったらしいのだが、その時の久子様曰く「だって日本に住んでいるよりイギリス留学の方が長いので当たり前でしょう」とこれまた爽やかな笑顔で返した。
後日ノリちゃんは「始めて尊敬した女性なんだ」ともいっていたが「ひでさん、爽やかな人でしょう!」と紹介してくれた時のノリちゃんの笑顔が忘れられない・・・
ノリちゃんは2002年、11月21日カナダ大使館でのスカッシュの練習中に心室細動による心停止で倒れ、22日亡くなられた。
まだ47歳の若さで・・・
余談だが、結婚式の赤プリの担当者は、皇族が列席すると分かるやいなや顔色が変わり、打ち合わせなどは常に僕の家まで足を運んでくれるという待遇となった。
そして皇族や有名な俳優が列席するということで、ホテル側は僕が何者かと不思議がり、まさか唯の飲み屋の主だとは、つゆぞ思わなかったようだ・・・笑
                                by Hide






 
| Walkin' | 17:04 | comments(0) | - |
Cafeの空耳 街路灯
                 Cafeの空耳
               街路灯





  浪漫溢れる街路灯・・・
  チョコだチョコだとあの頃は、思い起こせば口元ゆるみ、帰路の足取り軽やかに・・・

               青山公園にて  by  Hide 
| Walkin' | 11:31 | comments(0) | - |

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